漫画を読んでいて、テンションが上がったり、わくわくしたり、世界観が広がったり、なんにせよ めちゃくちゃ面白い と感じる場面ってありますよね。
僕だけかもしれませんが、それが 単行本の10巻 前後に来ることが多い。
その理由がどこにあるのか、実際の漫画を引き合いに出して考えてみたいと思います!
「10巻」が盛り上がる 3つのケース
なぜ 10巻 付近が面白いのか。
次の3つのうちのどれかに当てはまり、場面が大いに盛り上がるから だと僕は考えます。
・新たな展開(世界の広がり)が起きるから
・序盤から登場していたメインキャラクターが退場するから
・絵柄や話のテーマが固まってくるから
数年にわたり積み上げてきた世界観 を、どう一区切りつけるのか、どう発展させるか、そんな ターニングポイントがこの10巻 あたりにきているような気がします。
もちろん1巻に収録される話数により変わってきますので、あくまで単行本(完全版や集約版のように再編されていない本)の10巻付近が該当する、という話になります。
この巻付近に 多くの名場面があるでしょう という主観をベースに、いくつかの作品を紹介していきます!
※一部ネタバレも含みますので、閲覧の際はご注意ください。
新たな展開が起きるから
単行本10巻というと、連載開始から早ければ3年、ややゆっくりの刊行ペースであれば5年ほどの現実時間が経過しています。
その間に積み上げられたストーリーやキャラクターは解像度や重厚感が増し、世界観はより立体的になってきています。
そのタイミングで、その世界観を広げる展開がされた作品を紹介します。
HUNTER×HUNTER
例えば、HUNTER×HUNTERの10巻は、ヨークシン(旅団)編 です。
ぼくは大好きで何十回と読みました。
この巻前後で、幻影旅団 という敵キャラ群と、念能力 の概念が深掘りされていきます。
いうまでもなく幻影旅団は圧倒的な強さとカリスマ性を持ち、今現在連載が進んでいる新大陸(王位継承)編でも活躍している人気のキャラクター達です。
幽☆遊☆白書でもありましたが、冨樫先生は、主人公が勝てない敵キャラを出すのが好きというか得意というか。
幽☆遊☆白書では、S級妖怪の雷禅(らいぜん)とか軀(むくろ)とかね。
彼らは主人公たちが、手の届かなそうな強キャラクターたちでした。

話をHUNTER×HUNTERに戻すと、この幻影旅団も、主人公であるゴンやキルアに対して、圧倒的な力の差 を見せつけています。
この敵には勝てない。絶体絶命の中、次はどうなるのか。そんな緊迫した展開がこの旅団編の醍醐味です。
ゴンやキルアが旅団員に完全に押さえつけられ中、クラピカは、念能力の相性や工夫の仕方により、格上旅団と思われたウヴォーギンを倒してしまうというクソ熱展開。
念能力がただの数値的な強さではない ことを示します(DBをディスっているわけではありません)。
相性や工夫次第で弱者が強者を破るって、そりゃもう面白くないはずがない!
旅団編以前の話では、ハンターという仕事がどんなものなのか、ふわっとしていた感がありましたが、旅団の登場により「これがハンターか」という印象に変わりました。
天空闘技場編で初めて出てきた念能力が、より具体的になり、読者に話の広がり を感じさせてくれました。
また、ぼくが特に好きなのが、念能力の系統図とその説明。
クラピカは師匠のイズナビにそれを教わるシーンです。
これにより、念能力がゲームのように視覚化 され、読者にも分かりやすい概念になったと思いました。
このシーン見ていてすごくワクワクした覚えがあります。
バガボンド
自分の証明のために、強さを追い求める武蔵(たけぞう)。
宝蔵院、槍の胤舜に倒された際は、情けなく逃げ惑いました。
その戦いの後、自分には死ぬ覚悟さえなかったことを受け入れました。
修行の後、不細工な殺気や、死の恐怖を自分の内側にしまい込みます。
武蔵は胤舜との二度目の闘いで開眼し、みごと勝利します。
闘いの後、柳生の里に向かったあたりがこの10巻。
胤舜との闘いで 大いに成長した武蔵 は、殺気を振りまき力任せだった過去の自分とは一線を画していました。
うちに秘めた闘気と迫力に、持ち前の膂力(りょりょく)を合わせ、柳生の高弟(上位の弟子)と 四対一の死闘 を演じます。
この巻あたりから、教わる立場 だった武蔵が、相手に畏怖される立場 に変わってきた印象です。
小物だった武蔵が、大きな男になりつつある。
武蔵が、一皮剥けた感のあるのがこの10巻でした。
メインキャラクターの退場(死亡)
数年をかけて築いてきたストーリーでは、メインのキャラクターの存在もより重厚感を増していきます。
主人公のそばにいて主人公を陰ながら支えたり、主人公のライバル的な存在であったり、そういう重要なキャラクターの退場シーンはとても華々しいものです。
10巻付近では、メインキャラクターの退場シーンをよく目にします。
10巻という時間と共に積み上げられたキャラクターの重みが、その退場シーンによって引き立ちます。
ヴィンランド・サガ

物語の序盤から登場していた アシェラッド は、主人公トルフィンの親の仇です。
ヴァイキングって、基本脳筋だらけなんですが、そんな中でアシェラッドは 知略と狡猾さで活躍 します。
多くのヴァイキングは舟と斧を担ぎ、目の前の人を殺し、物資と見れば略奪しまくるのみ。
アシェラッドはそんな彼らを、ある意味蔑み(さげすみ)ながらも計算高く操ります。
その状況判断力と冷静さは作中でも唯一無二です。
またあるときは、王に面と向かって対峙し、理路整然と言葉を並べ説き伏せる。
戦術だけではなく弁舌も立つ わけですが、とにかくかっこいいんですよ、この老獪なおじさん。
復讐に燃えつつも、仕方なくアシェラッドに従っていたトルフィンでしたが、そのアシェラッドがこの9巻(ごめんなさい。10巻ではない)で死んでしまいます。
親の仇であるアシェラッドを 自分自身で倒すことを夢見つつ、しかし、どこか憎みきれない 想いを持っていたトルフィン。
仇でありながら、どこか親のようである、そんなアシェラッドを失った喪失感はとてつもないものだったことでしょう。間違いなく名場面です。
へうげもの

物語の序盤から登場し、多くの登場人物の師匠的な存在だった 千利休。
この漫画のテーマ的にも、序盤の主人公 と言っても差し支えないほどの存在感を放っています。
実は彼、様々な黒い陰謀にも関わっていたわけですが、とうとう その命運が尽きるのがこの10巻 あたりになります。
利休は秀吉のブレーンであり、主人公の 古田左介 が崇敬するキャラクターでした。
今までは茶道やわびといった、文化的な、どちらかといえば 内向きな面で活躍 をしていたわけです。
しかし、それがどうしたことか、死ぬことが決まった瞬間、己の拳を振り回し、その巨体による圧倒的な暴力 により死に贖(あがな)います。
この利休の無双シーン、今までとのギャップからか、にやけずにはいられない!
ただ、最後になって、この反抗自体が利休のもてなし であったことを知った左介によって、利休は介錯されます。
このシーン、たまりませんね。利休と左介の思想が通じ合った瞬間でした。
まさに、10巻という時間が築き上げた利休というキャラクターの大きさ がよく現れ、その築いたものを回収する気持ちの良い往生際が引き立った名シーンだったと思います。
絵柄やテーマが決まってくる
連載が続くに従って 絵柄・画風が定着(個性が固まったり、安定)してくるケースがあります。
また、最初は朧げ(おぼろげ)だったストーリーの解像度が深まったり、どこを目指しているのか明確になってきたりします。
物語の中で使われている用語が苦なく入ってくるようになるのも、こうした絵柄やストーリーの安定が理由の一つかもしれません。
ヒカルの碁
ヒカルの碁の10巻は、院生編の終盤にあたります。
プロ試験合格をかけて 伊角さんとの闘い が始まります。
どこか佐為やらせられていた感のあった囲碁に対し、ヒカル自身が「プロになりたい。プロになるためになんとしても勝ちたい」という執念や熱意といった精神面が描かれた巻でもあります。
美麗なことで知られる小畑健作画のヒカルの碁ですが、初期と後期では絵柄が大きく変わっています。
後半にかけてより美麗な絵 になり、また、囲碁という少々とっつきにくいテーマが定着 してきました。
プロ試験の伊角さんとの対局。
これは格別でしたね。
ヒカルの実力は上がりつつも、皆が 伊角さんの勝利を予想 していました。
案の定、善戦はしつつも対局は伊角さんが若干リードし、終盤を迎えます。
しかし、そこで、伊角さんは焦れてしまった。
打つ手を間違えてしまった んですね。
打った石から指が離れたものの、反射的に正しい手を打ち直してしまった。
これは、一発で負けになる反則行為です。
やってしまった、とヒカルの顔を見上げる伊角さんの顔、今でも鮮明に思い出せます。
打ち直した後も席に座る伊角さんに対するヒカル。
逆転の一手に一縷の望みはありつつも、喉から手が出るほど、一勝が欲しい。
伊角さんが反則をしたかも。それを問いただそうとしたヒカルが「伊角さん、今」と言いった瞬間、伊角さんは投了し(負けを認め)ます。
いやあ、めっちゃ名場面。
また、10巻あたりになると、囲碁用語が聞き慣れてくるんですよね。
かかり、とか、あて、とか、あたり、とか。
なんだか苦じゃない。むしろ得意げに読む。
地面に落ちている丸っこい石を拾って「初手天元!?、二手目五の五!?」とか、友達と遊んでいたのを思い出します。
進撃の巨人

進撃の巨人の10巻、内容を思い出せるでしょうか。
海外では セリフの誤植を疑われる ほどの衝撃を与えた巻です。
クリスタら104期生たちは、ウトガルド城で孤立し、巨人に囲まれるという絶体絶命 の状況に陥っていました。
物資もなく、逃げ出すための馬もなく、崩れかかる城(塔)壁、まさに絶望的。
わずかに装備を持つ先輩兵士たちが死力を尽くしますが、結局は巨人の餌食となってしまいます。
城が崩れ、もう何も手がないという時になって、ユミルは自分の手のひらに傷をつけ巨人の群れに飛び込みます。
ユミル巨人化。
そこにいた104期生の面々はもちろん、読者の多くも衝撃を受けたことでしょう。
そのユミルの活躍もあり、なんとかその場をしのぐも、たどり着いた壁上で 二度目の衝撃 が待っていました。
ライナーとベルトルトが巨人であると自白します。
進撃の巨人も連載を重ねるにつれ画力が向上したことで有名です。
10巻にもなると、以前以上に読みやすい絵となり、世界観もスムーズに頭に入ってきます。
また、上で紹介した通り、10巻には特大の伏線回収 があり、世界が「巨人 対 人間」ではなく「人間 対 人間」であることが明確になってきました。
巨人という知性のない曖昧な敵ではなく、向かうべくは「巨人の力を持つ人間勢力」であることがテーマであることが示唆される巻となっています。
まとめ
いくつかの作品を元に、なせ 10巻が面白い のかを述べてきましたがいかがでしたでしょうか。
反論大いにあると思います汗
ただ、上で紹介した漫画作品の該当巻が面白いことに異論をとなえる方もまた少ないのではないかと思います。
当然、全ての漫画作品に当てはまるものではなりませんが、何かしら 理由があってストーリーの盛り上がりが10巻付近にきている のも、ある程度は説明ができたのではないかと思います。
もし他に、「この作品の10巻も熱い」といった意見がありましたら、ぜひコメントなどでお知らせください。


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